自分には数学のセンスがない

高校時代に、「数学のセンスがある」友達がいました。

とにかく数学が得意で、
「なんでそんなやり方が思いつくの?」
と聞いても、

「いや、なんとなく、こうやるとうまくいくかなぁと思って。」

とか、

「だいたい、こういうときは、こうやれば解けるんだよ。」

といった、僕には参考にならない返事が。

 

なんとなく、そう思えない人は、どうしたらよいのだろうか。

なんとなく思いつく解法が、袋小路に入ってしまう人はどうしたらよいだろうか。

 

自分には数学のセンスがないな

 

と感じました。

しかし、「センス」という言葉ですべてを片付けてしまうことにはしたくありませんでした。

「センス」がなくても、努力でなんとかできるはずです。

 

大好きな野村克也が、バッティングセンスのなさを、配球のデータ分析で補ったように、センスのなさを何かで補えるはずです。

 

数学の成績はずっと上がらず、それは、浪人生の9月まで続きました。

 

でも、そのとき、「センスがなくても数学の問題が解ける勉強法」を考えついたのです。
—————————————————————————

「センス」という言葉は、勉強やスポーツで、よく聞く言葉です。

 

確かに一部に才能がある人がいて、きっと「センス」があるんだろうなと思うことはあります。

 

でも、自分自身ができないことを「センス」のせいにしてしまうのは、単なる思考停止だと思いました。

 

「センス」がなくてもあきらめずに試行錯誤して、突破口を見つけることができたという経験は、その後、新しいものに挑戦するときの自信につながりました。

 

 

 


コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ