「例題演習」と「センス」を結ぶ「解法体系」

高校時代の僕の得意科目は国語

実力テストで学年1位も取ったことがあります。

模擬試験で成績優秀者リストに載ったことも。

それに対して肝心の数学と物理は、高校3年間を通して低空飛行を続けていました。
浮かび上がる気配がないまま浪人生へ。

駿台予備校に通い始めました。

最初に点数が上がり始めたのは物理でした。

常に原理から出発し、そこから展開していく解法を理解したことで、問題を解くときの迷いがなくなりました。

しかし、数学の点数が上がるのには時間がかかりました。

前期の講義でさまざまな解法を教わり、疑問点がなくなるまで考え抜き、何度も復習して、自力で再現できるようになって、自信を持って挑んだ9月の模擬試験に望みました。

しかし、結果は惨敗

ほとんど解けませんでした。

問題文から、何をやったらよいのかが分からなかったり、問題を見て、「あ!見たことがある」と思って解き始めるものの袋小路に入って挫折したり。

結局、まともな点数が取れませんでした。

悔しいことに、模擬試験が終わった後に配布される解答解説集を読むと、ほとんどが見たことのあるやり方でした。

僕の答案は、最初から、または、途中から間違った方向へ逸れて行っていました。

同じ予備校の授業を受けている友人たちは、ちゃんと正しい方向へ進んでいました。

「自分にはセンスがないのか・・・」

すべてをセンスの問題へ帰着させてしまいたくなりました。

一生懸命、復習しても、模擬試験になると自力で解けないのはなぜか?

これが分からなければ、同じ方法で努力を続けても成果は出ないのではないかと思いました。

この状況を打開するきっかけとなったのは、当時、駿台予備校で数学を教えていた秋山仁さんの

式変形の根拠を明確にせよ

という言葉でした。

他によい方法が思いつかなかったので、すべての式変形の根拠をノートの余白に書きました。

ノートを4コラムに分けて、

①自分の予習の答案
②講義で講師が書いた答案
③講師の答案の式変形の根拠を書き込む
④自分がなぜ解けなかったのかを書く

というようにしました。

最初は、1問を復習するのに1時間以上かかりました。

でも、続けているうちにだんだんと

選ばれなかった解法

の存在が見えてくるようになって来ました。

そして、その解法がなぜ選ばれなかったのかを考え、とりあえず理由を自分で考えて書き込むようにしました。

その理由が、解法選択の基準として適切かどうか?

それは、類題をいくつかやって見れば分かります。

それまでは、漠然とやっていた問題演習が、自分の考えた「解法選択の基準」の検証作業に変わりました。

問題演習をした結果、必要に応じて解法選択の基準を修正しました。

数学の問題を解く作業が、僕にとっては、
・解法の確認
・解法選択の基準の検証
という2つの意味を持つようになりました。

この作業がある程度進んでから、自分の理解したことを1枚の図にまとめてみました。
それは、僕が数学の問題を解くときの思考回路そのものでした。

その図には、これまでに解いてきた何十題もの問題演習の経験が凝縮されていました。

問題文を読んだときに、そこから複数の解法の可能性を思いつき、さらに根拠を持って、そのうちの1つを選択する。

センスのある人なら、非言語的にやってしまう思考を、僕は、時間と手間をかけてようやくできるようになったのです。

しかし、大切なのは、いかなる方法であれ、できるようになる道を見つけたことです。

それを、自力で見つけたということは自信になりました。

数学の成績が、ようやく上がり始めました。

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自力で問題を解けるようになるためには、これまで解いたことのある問題と、テストではじめて見る問題との間に「共通点」を見出して、

同じだ!

と思えないといけないわけです。

しかし、具体的に見れば、式だって違うし、数値だって違うわけですから、同じだと思うためには、思考の抽象度を上げて、

同じグループに属するものは同じだ

という風に考えているわけです。

数学の解法が、グループ化されて整理され、各グループに分類する基準がうまく作れれば、問題を解く作業というのは、その問題がどのグループに属するのかを判別する作業になります。

よい問題や、難しい問題は、複数のグループに属したり、一見するとグループの判別が難しかったりするわけですね。

しかし、そのような問題に取り組むことによって、グループ分けの判別基準が鍛えられてきて、さらに自力で問題を解く力がついてくるのです。

数学の学習がどのように進んでいくのか。

各段階で必要なトレーニングが何か。

ということについて考え抜いた経験は、後で数学を教えるときにとても役立ちました。

センスがなかったから、時間をかけて考える必要がありました。

でも、そのおかげで、他人に伝えられる言葉を得ることができたのです。

 


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