教育実習で気づいたコミュニケーションに必要なこと

こんにちは。田原です。

僕は、中学と高校で教えられる教員免許を持っています。

科目は、「数学」

僕が、現在、物理の予備校講師として参考書を書いたり、ネット予備校を運営したりしていることをご存知の方は、

「え?物理の教員免許じゃないの?」

と思うかもしれませんね。

物理は、文科省の定める指導要綱に沿って教えることに耐えられないと思ったんです。

自分が理想とする物理教育と、カリキュラムとが大きく違っていて、その中で矛盾を抱えながら教えていくのはつらいだろうなと思いました。

数学には、そのような矛盾を感じていなかったので、もし、高校の教員になることがあるとしたら、数学教師になろうと思ったのです。

では、そもそも、なぜ、教員免許を取ろうと思ったか。

当時は、物理の研究者になろうと考えていました。

そこで、ネックになるのが大学院の学費と生活費でした。

実家の経済力では、大学院に進学するのが難しかったので、自分で学費と生活費を稼ぐためには、教員免許が役立つのではないかと
思ったのです。

というわけで、理工学部の授業に加えて、教職課程の授業も取り、大学4年のときには、母校に教育実習に行くことになりました。

教育実習で気づいたコミュニケーションに必要なこと

教育実習のときにちょうど扱っていた単元は、基礎解析が対数関数、代数幾何がベクトルでした。

塾講師のバイトで高校生に教えたこともあったし、中学生に向けて集団授業をやったこともあったので、授業をすることに対しては、あまり不安はありませんでした。

また、野球部の後輩の指導で、大学生のときも、たびたび母校を訪れていたので、学校という場所にも慣れ親しんだ感じで、緊張感をほとんど
感じませんでした。

その分、「自分ができる最高の授業をやりたい」と、授業のクオリティにこだわる余裕がありました。

授業の前日には、部屋の中で、授業全体の予行練習をして、話し方や、説明のしかたを練りました。

特に、一番最初の「つかみ」の部分が重要だと思い、何の話で始めたらよいか、いろいろなパターンをやってみて、試行錯誤しました。

それで、いきなり数学を教えるんじゃなくて、まず、

「自分が数学が苦手だった」

という話から始めることにしました。

具体的に、高校時代にどのようなことを考え、どのように躓いていたのかを話すことで、ほんの数年前は、教室にいるみんなと同じところにいたということを分かってもらいたいと思ったわけです。

「内積を習ったときには、これが何だか分からなくて質問しに 行ったんだけど、何が分からないかも分からなくて、

 内積って何ですか?

 |a||b|cos θです。

 定義は分かるんですけど、それは、何なんですか?

 そう定義されたものです。

 うーーん。」

という話をしたことを、よく覚えています。

このときには、生徒から共感されているなという感じがしました。

相手にメッセージを伝えるためには、それに先立って、

「僕は、あなたの状態を把握していますよ」

ということを分かってもらい、信頼関係を築く必要があると思ったのです。

それは、たとえ教育実習で2週間だけの関係であっても、不可欠なことだと思いました。

最初の10分くらいを使って、生徒の目を見ながら自分のことを話したことで、授業をやっていく土台ができたと感じました。

その後に話したのは、

「対数がなぜ難しいのか」

ということでした。

そして、「記号に対する抵抗感」について話しました。

高校の数学では、次々に記号が出てきます。

そのたびに、新しい記号に対する抵抗感が心に生まれ、それが理解を妨げます。

でも、当然そういう抵抗感は生まれるものなんだということを認めた上で、その抵抗感を消すためにどうすればいいのかを、考えていくのが大事なんですよ。

その後、自分が、記号に対する抵抗感や、新しいものに対する抵抗感があったおかげでどのような失敗をしたのかを話しました。

そういう話が終わったころには、30分が経過していました。

そこからようやく教科指導に入り、20分で逆関数についての説明をしました。

「この逆関数が、明日の対数関数を理解する上での、
 じゅーーーーーーーーーーーーーーようなカギになります。」

「だから、復習してきてね!」

と言って、授業を終えました。

最初の授業で、生徒とのコミュニケーションのチャンネルを作ることに成功したという実感がありました。

少なくとも、

「この人は、自分たちのことを分かっていて、何か自分たちに役立つことを、言ってくれるかも知れない」

という期待を持たせることには成功したと思います。

その後も、

「ここはね、難しいんですよ。」

「僕もね、苦労したんですよ。」

「でも、この難しさは、●●だからなんですよ。」

「それを消すには、■■するしかないんですよ。」

「それに気がついたのは、つい2年前で、何でもっと前に気がつかなかったのかと悔やみましたよー。」

「みんなは、今日、気がついちゃったんで、うらやましいですよ。」

という調子で、授業は進んでいきました。

高校時代の自分自身の「数学が分からない感じ」というのが、実感として残っていたので、その数年前の自分自身に話しかけるように、当時の自分が本当に聞きたかった話をしていきました。

高校時代に自分が数学ができなくて、その理由を必死で考えて、それを言語化してきたという自分自身のための作業が、目の前の生徒のために役立っているということがうれしかったです。

数学が苦手で、そして、それを自分なりに克服したということが、教えるときに大きな助けになっていることに気づきました。

2週間経った最後の授業では、クラスの生徒と僕との間には、信頼関係と阿吽の呼吸が生まれていました。

僕の言葉が、教室のみんなの頭に吸い込まれていくような感覚がありました。

授業後、後ろで見学してくださっていた数学の先生に授業の感想を聞きに行きました。

「すごいね。才能あるんじゃない。」

と言われました。

これは、とても自信になりました。

当時は、教える仕事に就くつもりはありませんでした。

しかし、大学院を不本意な形で中退して、何かの仕事に就かなくてはならなくなったとき、予備校講師という教える仕事を選んだきっかけは、このときの経験にあったように思います。

●追伸

自分の言いたいことを伝えるために、一番大切なのは、

まず、相手を理解することだと思います。

当時は、生徒と年齢が近かったため、図らずも生徒の気持ちを理解することができ、それが、相手に伝わったことによって、コミュニケーションの土台ができたのだと思います。

40代になった今の自分が、同じ関係性を作るためには、あのときと同じではだめで、心を開いて、本当に注意深く相手について考えて、理解しようと努める必要がありますね。


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